5.隠すことで華麗にみえる/秘
日本人は他者への気遣いで相互につながる全体的調和を大切にしている。それ故、表現はそれを受け止める相手のこころの中に何が生まれるかで判断しようとする。美や感動の表現は主張することではなくそれを受け止める人のこころの中に生まれるように企てることだと考えている。どんな作品も表現する人の主張通りに相手は読み取ってくれる訳ではない。読み手は読み手の思想や気分でその主張を読み取る。これは作品の創作への読者の参加であると考えることができる。大切なのは受け止める相手の心の中に生まれる思想や思想の側にあると考えるのである。
こうして、主張を押え、隠すことで却って読者が自発的に創造し、創作してくれるのである。そこから表現は明白であることより曖昧にして、受け手の想像力を刺激し、受け手の主体的な発想の力で描かせようとする。世阿弥の「秘すれば花」とはこのことを言う。
日本の表現の曖昧さや空間に見る陰翳の曖昧さはこの思想と関係している。
(*世阿弥/14世紀半ばに生まれた能楽論書「風姿花伝」を著している)
 |
日本の家屋の内部は極限まで削ぎ落として華奢な線材による空間となっている。すだれというパーティションも曖昧に空間を仕切っていて霧の中に似た輝くような神秘性を持っている。 |
 |
日本の民家の典型的な内部空間である。明かり障子という可動な木と紙でできた外壁が背景となってそこに見える物も人も逆光となって美しい。床も逆光に輝いて華麗な内部空間をつくりあげる。 |
 |
黒川雅之デザインの腕時計である。限界まで単純化しているがその反面、曖昧なすりガラスとミラーのフェースによって霧の中のような曖昧で、精緻なディテールを持っている。 |